我が子が黙って近づいてきて、自分の手首をつかむ。
そのまま引っ張っていって、目的の物に当てる。
「これ、うちの子だけなんだろうか……」
「みんなやることなんだろうか……」
そんなふうに気になって、目で追う日が増えてはいないでしょうか。
わが家も同じでした。長女が1歳6か月の頃、要求の伝え方は、ほとんどそれだけだったんです。
気づいたということは、毎日ちゃんと見ているということです。見ていない人は、この行動に気づきません。
ただ、先にお伝えしておきたいことがあります。
「みんなやるかどうか」を確かめても、おそらく判断はつきません。何割の子がやるかを知っても、目の前のお子さんの話にはならないからです。
判断がつくのは、「別のところ」を見たときでした。
このブログ記事は、その「別のところ」がどこなのかを、家庭で確かめられる形で整理しています。
私は医療や療育の専門職ではありません。重度知的障害を伴う自閉症の長女を育てる父親で、知的障がい支援士の資格を持ち、教材編集の仕事を約7年間してきた立場から書いています。
- 手を引っ張る行動が、健常児にも見られるのかどうか
- 様子を見ていい場合と、相談を考えたい場合の分かれ目
- クレーンから指差しへ、わが家が家庭で置いた段差
※本記事は、筆者の家族の体験および情報収集に基づいた記録であり、医学的な助言や診断を目的としたものではありません。
※お子さんの発達について気になることがある場合は、自治体の相談窓口や小児科など、専門の機関にご相談ください。
この記事の結論
クレーン現象は、発達に遅れのない子にも見られます。ただし全員ではありません。だから、出たかどうかでは判断できません。
見るのは、手を引く以外の伝え方が併走しているかどうかです。
名前を呼んだときの視線、指差し、表情のやりとり、ジェスチャーが届いているか。
この4つが一緒に育っているなら、手を引くことは伝え方の1つとして使われている状態です。
目標は、クレーンを消すことではありません。伝え方を1つ増やすことです。
目次
クレーン現象はみんなやる?【健常児にも見られますが、全員ではありません】

クレーン現象は、発達に遅れのない子どもにも見られます。ただし、すべての子どもに出るわけではありません。「みんなやる」とも「やる子は珍しい」とも言い切れない。それが実際のところです。
出る子と出ない子がいる。
つまり、出たこと自体は、何かを判定する材料になりません。
クレーン現象とは【手を引っ張る、大人の手で取らせる】
クレーン現象とは、子どもが自分の手ではなく、大人の手を使って要求を伝えようとする行動です。クレーン車の動きに似ていることから、そう呼ばれています。
棚の上のおもちゃに向かって、私の手を引っ張っていく。玄関まで引いていく。冷蔵庫のドアに、私の手を当てさせる。わが家で毎日起きていたのは、そういう場面でした。
共通しているのは、子どもの側に伝えたいことがあるという点です。手段が限られているから、いちばん確実に効く方法を選んでいる。
つまりこれは、コミュニケーションが取れていない状態ではありません。取れている状態です。手段が、手を引くことしかないだけ。
いつから、いつまで見られるのか
一般には、言葉や指差しが育っていない時期に見られ、他の伝え方が増えるにつれて減っていくとされています。1歳から2歳ごろに多い、という説明をよく見かけるでしょう。
ただ、「何歳までに消える」という基準は、公的な健診のマニュアルには書かれていません。1歳6か月児健診で医師が見るのは、指差しで答えられるか、名前を呼んで視線が合うか、意味のある言葉が3語以上出ているか。判定の基準はそちら側にあります。
*出典:改訂版 乳幼児健康診査 身体診察マニュアル(国立成育医療研究センター)
クレーン現象そのものは、項目に入っていません。専門家が見ているのは手を引く動作ではなく、その周りにあるもののほうだと私は受け取りました。
健常児のクレーンと、発達障害のある子のクレーンは何が違うのか

見るべきなのは、手を引っ張るかどうかではありません。手を引っ張る以外の伝え方が、一緒に育っているかどうかです。
同じように親の手を引く子でも、他の方法も持っているのか、それしか持っていないのか。そこで意味は変わります。
一緒に育っているかを見る4つのこと
日常の中で確かめられるのは、次の4つあたりでしょうか。
- 名前を呼んだとき、視線が返ってくるか:呼びかけに反応して、こちらを見る場面があるか
- 指差しが出ているか:欲しいものを指でさす、「わんわんはどれ?」に指で答える
- 声や表情のやりとりが成立するか:褒めたときに嬉しそうにする、こちらの表情を見て反応する
- 言葉やジェスチャーが届いているか:「ちょうだい」「どうぞ」で物のやりとりが成り立つ
思いつきで並べたものではありません。
1歳6か月児健診では、応答の指差しが出ない、有意語が2語以下、名前を呼んでも視線が合わない、といった状態がそれぞれ所見として扱われます。視線が合わず、物だけに注意が向いて相手には向かず、ジェスチャーを交えたやりとりも成立しない場合には、コミュニケーションの発達の遅れが疑われる、とも書かれています。
*出典:改訂版 乳幼児健康診査 身体診察マニュアル(国立成育医療研究センター)
手を引っ張ることは、そのどこにも出てきません。
娘が1歳6か月だった頃
わが家の場合は、その併走がありませんでした。
長女は1歳6か月の時点で、言葉が出ていませんでした。名前を呼んでも反応がない。指さしもない。母親以外とは、視線が合いにくい状態でした。
その中で、他者の手を道具のように使うクレーンだけが残っていた。
当時の私は、そのクレーンをやめさせたいと思っていました。手を引かれるたびに、「ああ、またこれだ……」と気持ちが沈んだのを覚えています。
でも、今から振り返れば、あれは数少ない発信でした。手段が1つしかなかったから、目立っただけです。
長女の場合に問題だったのは、クレーンが出ていたことではありません。クレーン以外が出ていなかったことでした。
だから、もしお子さんの手を引く回数を数えて落ち込んでいる方がいるなら、数える対象が違うかもしれません。減らすべきものを数えるのではなく、増やせるものを数えたほうが、たぶん前に進みます。
指差しについては、以下の記事で詳しく整理しています。
うちの子はどれ?手を引っ張る行動の見え方を4つに分ける

同じ「手を引っ張る」でも、周りの様子によって見え方は変わります。ここでは4つに分け、それぞれ次にやることを1つだけ添えました。
当てはまるものを探すというより、「どれに近いか」くらいの気持ちでお読みください。
1. クレーンも出るし、指差しや視線も出ている
急ぐときや、どうしても伝わらないときだけ手を引く。普段は指差しもするし、名前を呼べば振り向く。
次にやること
特にありません。今のやりとりを続けてください。
2. クレーンだけが、ほぼ唯一の要求手段になっている
要求のときはいつも手を引く。指差しは出ていない、または出てもごくまれ。
次にやること
1日に1回か2回だけ、手を引かれた場面を練習に変えます。やり方は次の見出しから書きました。
3. クレーンも出ない。要求そのものが乏しい
心配の度合いで言えば、この形がいちばん見落とされやすいと感じています。手を引かないから困っていないのではなく、伝えようとする動きそのものが出ていない可能性がある。
おとなしくて手がかからない子ほど、気づかれるのが遅れます。
次にやること
要求が起きる場面を、こちらから作ります。好きなものを、見えるけれど手が届かない位置に置く。
4. 特定の場面や特定の人にだけ出る
朝起きたときだけ、母親にだけ。ほかの場面では出ない。
次にやること
その場面に何があるのかを見ます。習慣として定着した「呼び方」になっているだけのこともあります。
そして、ここからが大事です。
どれにも当てはまらない、日によって違う。それも普通のことです。
子どもの行動は、体調でも眠さでも変わります。1週間のうち3日は指差しが出て、4日は手を引くだけ。そんなこともあるでしょう。
その場合に見るのは、その日の行動ではありません。この1か月で伝え方が増えたか、減ったか、変わらないかのほうです。1日では判断できませんが、1か月分を並べると傾向は見えてきます。
逆さバイバイなど、ほかにも気になる行動がある場合の見方は、以下の記事で整理しました。
クレーン現象は、無理にやめさせなくていい【減らすより、伝え方を増やす】

クレーン現象は、無理にやめさせる必要はありません。ただ、そこで止めると、親の側は次にやることが分からなくなります。
手を引くことは、その子なりの一生懸命な工夫です。取り上げても、伝える手段が減るだけ。困るのは子どもの側になります。
でも、そこで終わると、家庭でできることが何も残りません。
目標を置き換えるほうが現実的でしょう。クレーンを減らすのではなく、クレーン以外の伝え方を1つ増やす。結果として、手を引く場面は自然に減っていきます。
もったいないのは、手を引かれた瞬間に、言われるまま黙って物を取って渡してしまうこと。
当時の私は、これをやっていました。癇癪になるのが怖かったからです。早く叶えれば、その場は静かになる。
でも、続けているうちに気づきました。娘の側に積み重なっているのは、「手を引けば伝わる」という経験だけだったんです。
もちろん、すべての要求に手をかけていられないのが家庭の現実です。忙しい時間帯は取って渡してしまっていい。ただ、1日に1回か2回でいいので、「ここは練習の場面にしよう」と決めておく。それだけで違ってきます。
わが家がやったこと【手を引かれた瞬間を、練習の入口にする】

わが家が続けたのは、特別な教材を使うことではありませんでした。手を引かれた、その瞬間を使うことです。
先に書いておくと、これは重度知的障害を伴う自閉症の娘に対して、わが家で行った記録です。同じことをすれば同じ結果になる、とは言えません。娘に合う条件を探し続けた記録として読んでいただければと思います。
長女の通い先を探していた頃、私は10か所以上の療育施設を見て回りました。そのとき思ったことがあります。ここでやっていることの多くは、形を変えれば家の中でもできるんじゃないか、と。
クレーンから指差しまでを、5つの段に割った
「クレーンをやめて指差しをしましょう」
これを1段だと思っていた時期がありました。娘には登れませんでした。
教材編集の仕事で身についた見方が1つあります。できないのは能力が足りないからではなく、こちらが用意した段差が高すぎるから。娘の場合も、まったく同じでした。
実際に置いたのは、次の5段です。
- 手を引かれた瞬間に、こちらが視界に入る
- 娘の手を取って、親の肩をトントンと叩かせる
- 人差し指を立てさせて、対象を指す形を作る(ほぼ全部こちらが介助)
- 指の形だけこちらが作り、指す動作は本人にやってもらう
- 「ちょうだい」「お願い」のジェスチャーを添える
1については補足が要ります。長女は本当に目を合わせてくれない子でした。だから正確には、こちらが視界に入り込む、という言い方のほうが近いです。しゃがんで、顔の位置を下げて、娘の見ている方向に自分を入れる。
クレーンが起きる背景の1つに、「手」に頼んでいて「人」に頼んでいない、という状態があると考えていました。頼む相手が人だと分かるところから始めないと、次に進めない気がしたんです。
すぐにはできません。この一連の流れを娘が覚えるまでに、1年はかかったと記憶しています。
途中で何度も「これは意味があるんだろうか」と思いました。反応が返ってこない期間が長いので、やっているほうの気持ちが先に折れそうになる。
そしてもう1つ。クレーンが出る場面を、こちらから作っておく。偶然を待たずに練習できるぶん、進みが変わりました。
絵カードは3枚に絞った
指差しが少しずつ出てきたあと、絵カードも試しました。
市販のカードセットを買って、意気込んで並べたことがあります。リンゴ、バナナ、犬、猫。結果から言うと、娘にとっては、ただのカラフルな紙切れでした。絵と実物を結びつけて、さらに覚える。そこがまた高すぎる段差だったんです。
そこで思い切って減らしました。「ごはん」「コップ」「テレビ」の3枚だけ。生活の中で本当に必要で、しかも私たちが確実に叶えてあげられる要求に絞ります。
やったのは、名前を教えることではありません。「このカードを見せれば、これが手に入る」という経験を積むこと。あるときから、娘は自分でカードを持ってきて、私たちに手渡すようになりました。
選択の場面では、カードより実物が確実でした。おせんべいとクッキーを並べて「どっち?」と聞く。手間はかかりますが、抽象的な絵で混乱する娘には、これが確実に意志を伝えられる場面でした。
伝え方が増える、とはこういうことでした
クレーンは減っていきました。いつからそうなったのか、正確な時期は覚えていません。気づいたときには、要求のときに手を引くことが少なくなっていた、という感じです。
代わりに出てきたものを並べると、こうなります。
肩をトントンと叩いて、大人を呼ぶ。「ちょうだい」のジェスチャーで要求する。絵カードを持ってきて手渡す。自分でできないことがあると、大人に頼ろうとする。
そして、手を振って「違う」を伝える。
最後の1つが、一番大きかったかもしれません。要求だけでなく、拒否を伝える手段が増えたということだからです。嫌なときに癇癪を起こす以外の方法を、娘が1つ手に入れた。
一方で、書いておかなければならないこともあります。長女は小学3年生になった今も、意味のある言葉を話すには至っていません。伝え方は、ここまでです。
それでも、手を引くしかなかった頃と比べれば、生活の中で伝わることは増えました。
相談したほうがいいのは、どんなときか【年齢だけで決めない】

相談の目安は、「何歳まで続いたか」ではありません。クレーン以外の伝え方が育っているかどうか、そして日々の生活に困りごとが出ているかどうかです。
年齢はきっかけとしては使えます。ただ、年齢だけで判断すると、2つの取りこぼしが起きるでしょう。2歳で消えたけれど他の発達も止まっている場合と、3歳を過ぎても続いているけれど言葉も指差しも順調に伸びている場合です。
相談を考えたいのは、次のような様子が重なっているときでしょうか。
- 名前を呼んでも、こちらを見る場面がほとんどない
- 指差しが出ない、あるいは出ても要求のときだけで、興味を共有する指差しがない
- 意味のある言葉が増えていかない
- こちらの言葉やジェスチャーが、届いていないように見える
- 集団の場面で、他の子と極端に様子が違うと感じることが続いている
1歳6か月児健診や3歳児健診は、こうした発達を見るために用意されている場です。1歳6か月児健診では、自閉スペクトラム症への気づきのために、保健師が質問紙を使うこともあります。
*出典:改訂版 乳幼児健康診査 身体診察マニュアル(国立成育医療研究センター)
同じマニュアルには、健診で所見があったときに「様子を見ましょう」という曖昧な指示で終わらせるべきではない、いつまで様子を見るのか、その後どこに相談すればよいのかまで伝えることが重要だ、という趣旨の記載もあります。
医師に向けた文章です。でも、親の側にも同じことが言えるのではないでしょうか。
様子を見るなら、いつまで見るのかを決める。次にどこへ相談するかを、先に決めておく。それだけで、「様子見」は宙ぶらりんの状態ではなくなります。
わが家は、その決め方ができませんでした。発達相談の番号を調べては、電話をかけられずにスマホを閉じる。それを何度か繰り返しています。期限を決めていなかったから、いつまでも先延ばしにできてしまったのだと思います。
初期に気になる行動が重なっている場合の全体像は、以下の記事に整理しました。
療育を検討する段階まで来たときの選び方や費用は、以下の記事が入口になります。
制度や費用は変わることがあります。最新の内容は、お住まいの自治体や各施設の公式ページでご確認ください。
よくある質問【いつまで・やめさせ方・逆さバイバイ】

Q
クレーン現象はいつまで続きますか?
A
他の伝え方が育つにつれて減っていくとされています。ただし「何歳で消える」という基準は、公的な健診マニュアルには示されていません。時期を待つより、この1か月で伝え方が増えたかを見るほうが役に立ちます。
Q
やめさせたほうがいいですか?
A
やめさせる必要はありません。ただし、手を引かれるたびに黙って叶え続けると、他の伝え方に移る理由がなくなります。1日1回か2回でかまいません。
Q
2歳半になって急に出てきました。心配したほうがいいでしょうか?
A
新しく出てきたこと自体では、判断できません。見るのは、同じ時期に言葉や指差しやこちらへの反応が減っていないかどうか。全体が増えている中での1つなら、急ぐ話ではないでしょう。減っているなら、相談を早めていいはずです。
Q
逆さバイバイもあります。両方あると相談すべきですか?
A
行動の数を数えて確率を出す、という考え方は取らないほうがいいと思っています。ただ、気になる行動が複数あるなら、その分だけ「他の伝え方が育っているか」を確かめる材料も増えます。
Q
親の手を持って拍手させるのも、クレーン現象ですか?
A
大人の手を使って何かを達成しようとしている点では、同じ形です。ただ、そこに「一緒にやりたい」が乗っているなら、遊びの誘い方かもしれません。表情を見てください。こちらの顔を見て笑っているなら、要求というより誘いに近いはずです。
まとめ:クレーン現象は「消えたか」ではなく「増えたか」で見る
クレーン現象は、発達に遅れのない子にも見られる行動です。手を引っ張ったからといって、それだけで何かが決まるわけではない。多くのネット記事が共通して伝えているとおりです。
そのうえで、このブログ記事でお伝えしたかったのは一点だけ。
見るべきなのは、クレーンが消えたかどうかではなく、伝え方が増えたかどうか。
クレーンが減っても、代わりに何も出ていないなら前進とは言えません。逆に、クレーンが残っていても、指差しや視線ややりとりが増えているなら、伝える力は育っています。
だから、今日からできることは1つです。
1週間、要求の場面だけを見てください。
お子さんが何かを伝えようとしたとき、どの方法を使ったか。メモは一言でかまいません。「冷蔵庫・手を引く」「テレビ・こっちを見た」その程度で十分です。
1週間分を並べると、その子が今どんな手段を持っているかが分かります。診断名は出ません。でも、次にどの段を用意すればいいかは見えてきます。
長女のとき、私はこれを最初にやらずに、いきなり教材を買いました。順番が逆だったんです。
もし今、何をすればいいか分からないまま毎日が過ぎているとしたら、それはあなたの努力が足りないからではないはずです。何を見るかが、まだ決まっていないだけかもしれません。見る対象が決まると、やることは自然に決まってきます。
観察したことを、家庭での関わり方にどう落とすか。そこで一度つまずいた話を、以下の記事に書きました。療育に通っているのに手応えがない、という段階の方に読んでいただきたい内容です。
正解は、この記事の中ではなく、お子さんの様子の中にあります。

